■ [読書]「後巷説百物語」 京極夏彦
失敗した。読書体勢が整わないまま読んだらえらい時間がかかった。過去にも鉄鼠の檻だかなんだかを読むのに半年以上かかったことがあったんですけども、一度引っかかってしまうと全く読み進めることが出来なくなるという京極作品のきついところにはまってしまった。これはまあ個人的な問題というか、資質的なところで合う合わないというのがあるんだろうけれども。
というかこの作品はシリーズ最初の巷説百物語が奇跡的に素晴らしい出来だったのが悪いんだと思う。奇跡的などというと京極小説の元々のクオリティが低いみたいな書き方ですけど、もちろんそういう意味ではなくて、テンポとか読みやすさだとかもちろん内容もかっちりはまってやたらと完成度が高すぎたわけであり、その続きだからと勝手に似たようなものを期待してしまっているこちらに問題があったのだろう。
しかし書き方がまどろっこしいというかなんというか、概念壊しみたいなことをきっちり手順を踏んでやっていたりするんだけども、トリックそのものに全く意外性がないというか、前二作では物語の中に山岡百助という語り部がはまりこんでいたのだけど、時が進んで昔話として語られる小股潜り一行の話に至っては語り部として百助が独立してしまっているというか、メタ巷説百物語になってしまっているわけであり、なんというかやっぱりもどかしいわけなのです。
多分この形式そのものが俺の期待していたものとは違ったのだろうなあというか、序盤の前振り部分というか全ての事件が口頭で語られているという時点で元々小説の持つ嘘くささというかフィクションがさらに現実味を失なわせているような気もする。それも狙いなのかもしれないけれども。そこに当事者がいない。あ、しかし、この形式は本当の意味での巷説ということになるのだろうか。
でもまあ一つ一つの話はすごく面白いんです。京極堂シリーズとのつながりとかもあるし。京極作品全部読んでるような人にはわりと大事な一冊だということも理解できるんです。でもできればこの話を巷説百物語の形式で読みたかった。わがままかもしれないけど残念な感じでもある。まあでもこの形式じゃないとあの最終章は出来なかったんだろうけどなあ。それでも。
後巷説百物語 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE)
- 作者: 京極夏彦
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2006/02
- メディア: 新書
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